頭の中が、真っ白になる――――というのは、この事だろうか。

窓から遠くに聞こえて来る、街の喧騒も。

室内に設置された、忙しく奏でられる時計の秒針の音でさえ。

私の鼓膜には、届けられなかった。

―――――正に、『無』の世界。

私の事が、好きだと。戻って来て欲しい、と。

己の耳がおかしくなければ、確かにそう聞こえた。

無意識に口元は震え―――――「うそ」と、言葉を紡ぐ。

だって、そうだろう。

こんな話、信じられる訳が無い。

だが・・・・・私の胸中とは他所に、眼前の銀髪男は。

即答で、「嘘じゃない」と返して来た。

――――真摯な、表情を浮かべて。

こんな真面目な顔を拝んだのは、何時くらい振りだろうか。

射る様に見つめられ、視線を男から逸らす事が出来ずにいる。

「嘘じゃねえ」

再度、短く・・・・きっぱりと言い切られた台詞に。

―――――私の視界は、先程よりも更に歪んだ。

目頭の奥が、物凄く熱く感じた――――と、同時に。

堰を切った様に、自身の瞳から涙が毀れた。

雫は頬を伝い、顎まで辿り着くと。

重力に従い、足元目掛けて落下していく。

歪む視界の先に、苦笑する銀髪男。

「泣かせたかった訳じゃ、ねえんだけどな」

私を捉えていた両腕の片方を外し、頬に手を添えて。

伝い落ちた軌跡を、下から上へと拭い。

涙の元の発生源である目尻で止めて、雫を指で拭き取る。

「――――好いた女を泣かせるなんざ、野郎として最悪なのに」

滅多に聞けない、優しい声色に――――頼りなく震えていた口元を、どうにか動かして。

「―――――の?」

「ん?」

「・・・・ほんと・・・・に。もど・・・・て・・・・いい・・・の?」

―――――銀ちゃんの、傍に。

迷惑じゃ、ないノ?

目元に止められていた手が下降し、頬へとまた逆戻りさせて。

銀髪男は「願ったりだ」と、嬉しそうに唇の両端を上げた。





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